ジャズスタンダードベスト3 Standard JAZZ Best3
いわゆるスタンダードソングと言うものは、主にアメリカにおいてレビューやショー、ブロードウェイや映画用に作曲されたものがほとんどで、長く一般に歌い継がれているものの事を言う。特にジャズにおいては、その珠玉のスタンダードの中でも特にジャズメンに気にいられて、多く取り上げられているものを指す。
ここで、上げられたベスト3はどれもがあらゆる点で楽曲として優れているものだが、特に次の3つの点に特徴がある。1つには、メロディの美しさと歌としての難しさ、2つには、個性的なコード進行、3つには、取り上げられる頻度や名演の多さ、である。
順位を付けるにあたっては、どれもが名曲だったために、スタンダードが持つ本来の条件、一般に広く知られた曲という点を考慮して、特に第1位の「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」に関しては、ジャズに興味が無い人も含めて、3つの中で一番知られているものを選んだ。
第1位「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」
1937年のミュージカル「ベイブス・イン・アームス」の劇中歌。リチャード・ロジャースによる作曲とロレンツ・ハートの作詞と言うコンビで作られたこの曲は、本編のミュージカルが忘れられ、80年近くたった今でも、歌い継がれているスタンダード。
「あなたの顔は変だし、とても写真では見られないし、笑っちゃうけど、今のままでいてね」と本来は女性から恋人への照れ隠しのようなラブソングだが、男性歌手にも得意としている人が多いのが特徴。特にフランク・シナトラの「スイング・イージー」とチェット・ベイカーの「シングス」のバージョンはどちらも決定版とも言える名唱。タイプは全く違うとはいえ、女性にもてた二枚目のクルーナーを代表する二人によるこのバージョンは、大勢の女性ファン心理を見事につかんだ名唱と言える。
マイルス・デイヴィス「クッキン」
演奏では、マイルス・デイヴィスの「クッキン」が名演。マイルスはこの曲を長年に渡って演奏する事になるが、このバージョンがラブソングとしては一番ふさわしい雰囲気のバージョンになる。
チェット・ベイカー「シングス」
ジャズヴォーカルでの決定盤と言えば、これにつきるだろう。中性的とも言われソフトでナイーヴな感性でつづられたチェットの名唱。その他の収録曲も、全盛期のチェットの勢いを感じられて必聴の名演名唱揃い。
フランク・シナトラ「スイング・イージー」
チェットと甲乙つけがたい若き日のシナトラヴァージョン。男性的な声の魅力には、ファンが魅了されたのも納得の名唱。このアルバムも全曲必聴の、ジャズ・シナトラを聴くには最適の1枚。
第2位「オール・ザ・シングス・ユー・アー」
1939年のミュージカル「ヴェリー・ウォーム・フォー・メイ」のためにジェローム・カーンの作曲とオスカー・ハマースタイン・2世の作詞で作られた曲。メロディは美しいが特徴が無く、歌としては、あまり取り上げられない曲だが、そのコード進行のオリジナルさで、主にビ・バップ期から頻繁に取り上げられる曲となりジャズスタンダードの代表曲になる。
おそらく、ほとんどのジャズミュージシャンは演奏していると思われるが、難しい曲だけに名演と呼ばれるものは、その吹きこみ数に対してあまり多くは無い。
チャーリー・パーカー 「ジャズ・アット・マッセイ・ホール」
ここでは、ビ・バップのオールスターズとも言うべきメンバーでの演奏を聴く事が出来る。古い時代のライブ録音だけに頭の部分が切れているが、パーカーが「ダイアルVol.2」で「バード・オブ・パラダイス」と言う題名で吹きこんだこの曲のイントロ部分をそのまま用いている。このバード・オブ・パラダイスというイントロ部分は、この後の定番のように、この曲を演奏する多くのジャズメンが用いるようになって行く。
アート・テイタム「アート・テイタム、ベン・ウェブスターカルテット」
アートによる格調高いテーマ演奏の後、サブトーンで迫るベンのあくまでもテンダネスなテーマ吹奏が優しく響く。メロディの美しさを再確認させてくれる名演。前述のチャーリー・パーカーがテナーを吹いていた時に、テナーを取り上げ「この楽器はそんな風に吹くもんじゃない」と言ったとされる逸話を持つベンの、パーカーとは全く違ったアプローチだが、さすがにより大人を感じさせる面目躍如たる演奏。
ハンプトン・ホーズ「Trio Vol.1 」
ルバートから次のコーラスはゆったりとしたテーマへと2コーラステーマを弾いて、徐々に曲の雰囲気をつかんで行くハンプトンの、いつもとは違う慎重さにこの曲のもつ難解なイメージを感じる事が出来る演奏。3コーラス目からは、いつものハンプトン節全開で好調。同じフレーズをモチーフにしてキーを変えてアドリブを構成していく、この曲対策の見本のようなスインギーな名演。エンディングでは、前述のバード・オブ・パラダイスをアレンジして弾いている。
第3位「ボディ・アンド・ソウル」
この曲はなんと1930年にジョニー・グリーンによって作曲されたもの。80年以上も前の曲だが、いまだに古さを感じさせないのは、曲としての出来の良さに加え、やはり恋愛と言うものがいつの時代でも変わらず真剣に交わされるものだからだろうか。エドワード・ハイマン、ロバート・サワー、フランク・アイトンと3人ものクレジットがある歌詞は、男と女の常なる悩みを歌っていて、決して古びていない。
コールマン・ホーキンス「ボディ・アンド・ソウル」
名演は何と言ってもコールマン・ホーキンスの演奏を外すわけにはいかない。このコールマンの演奏によって、ジャズのスタンダードとして永遠の命を与えられたと言っても良い。
ビリー・ホリデイ「ビリー・ホリデイ・アット・JATP」
これに続くものとしてはビリー・ホリデイの熱唱が上げられる。「ビリー・ホリデイ・アット・JATP」ここでのビリーは淡々と歌い出しているが、それだけにビリーとこの曲の持つ力がストレートに響いてくる。
ジョン・コルトレーン「コルトレーンズ・サウンド」
最後にジョン・コルトレーンの「コルトレーンズ・サウンド」の演奏を上げる。独自のコード進行を持つこの難曲を、さらにコルトレーンはオリジナルのコード進行に変化させ、自分のものにしている。この後モードに至る一歩手前の道を、機関車のようにひた走るコルトレーンの姿が強い印象を与える名演。
ベスト3は以上だが、次点として「アイ・ガット・リズム」を上げておきたい。
この曲は1930年にアイラとジョージのガーシュイン兄弟によって発表された曲で、エセル・マーマンをはじめ、多くの歌手によってカヴァーされ、ヒットしたスタンダード。その上特筆すべきは、そのコード進行が曲名より「リズム・チェンジ(日本では循環コードと呼ばれる)」として多くのジャズメンに取り上げられ、またこの曲のコード進行をもとにして幾多のジャズメンオリジナル曲が作られて、親しまれている事だろう。
一例をあげると「アンソロポロジー」や「ムース・ザ・ムーチェ」(チャーリー・パーカー)、「コットン・テイル」(デューク・エリントン)、「リズマニング」(セロニアス・モンク)、「オレオ」(ソニー・ロリンズ)そして、変わったところではオーネット・コールマンがデビュー作の「サムシング・エルス!!!!」の中でチッピーと言うリズムチェンジをもとに作られた曲を披露している。
そういう意味でも、アイ・ガット・リズムはもしかしたら一番ジャズメンに愛されているスタンダードと言えるのかもしれない。