父ゆずりのルックスとセンス! カイル・イーストウッドブルーノート 東京
今回のライブ鑑賞は、8月に行ったサンケイリビング社主催のジャズ講座のために、企画をしたもの。事前にブルーノート側の大白氏と打ち合わせを行い選定したのが、このある意味ジャズ界のサラブレッドとも言える、カイル・イーストウッドだった。
父親はハリウッドの大物、俳優&監督として有名なクリント・イーストウッド。クリントのジャズ好きは、知れ渡っており、古くは初監督作品が「プレイ・ミスティ・フォー・ミー」(1971年、邦題:恐怖のメロディ)で、エロール・ガーナーの「ミスティ」を取り上げ、キャノンボール・アダレイの実際の演奏を劇中に挿入したりしていた。そして1988年にはチャーリー・パーカーを描いたジャズ映画「バード」を監督している。
その親父さんのジャズ好き遺伝子を、そのまま受けつぎ、さらに飛躍させたのが、息子のカイルということになる。受け継いだのは、その精悍な風貌も同じ。ベースを持った写真などは、まさにダーティ・ハリーのイメージそっくりのハードボイルドさ。ルックスでは申し分がない。
では、肝心のカイルの音楽はと言うと、自身のバンドによるオーソドックスなジャズセットでのプレイと映画音楽としての作曲の二面がある。今回は、カルテットでの来日。プレイヤーとしての力量が問われる演奏になった。
来日初日のファーストセットとなると、場の雰囲気やPAの状態など、手探りな演奏になってしまう可能性が高い中、調整していたのは最初の1曲目だけで、2曲目からは早くも熱気あふれるプレイに終始し、彼らの力量が人気に対して遜色のないものという印象を受けた。
今回のメンバーは、アンドリュー・マコーマック(ピアノ)クエンティン・コリンズ(トランペット)ブランドン・アレン(サックス)アーネスト・シンプソン(ドラムス)からなるクインテット。見た目から入ると、カイルをはじめとしてそれぞれのメンバーが、絵にかいたようなその楽器奏者特有の雰囲気を持っている。カイルは、おとなしめだが堅実そうなベーシストのイメージ、ピアノのアンドリュー・マコーマックはどうみてもピアニストっぽい雰囲気、そしてトランペットのクエンティン・コリンズなどは鼻っ柱の強いトランペッターそのもののような風貌だった。
これは、実は非常に大事な要因で、彼らがステージにそろった段階で、オーソドックスなジャズが楽しめそうな予感が高まり、安心して演奏を聴くことができる状態のなかで、演奏が始まった。
予想以上にフロントの2管が勢いがある。フレージングも、難しすぎず、ハードバップ時代の香りを残している。途中、カイルとアンドリューのデュオで映画の主題曲「硫黄島からの手紙」を披露。カイルのベースから表現される音の種類と広がりに驚かされた。
あっという間の時間がすぎ、アンコールでやったホレス・シルヴァーの名曲「ブローイン・ザ・ブルース・アウェイ」にこのバンドの方向性が見えた気がする。古くて新しい、ガッツあふれる良質の時間だった。
フロム・ゼア・トゥ・ヒア
「DA DA BA BA NU NU」
良くも悪くも名優&名監督のクリント・イーストウッドを父に持ったカイルの満を持したデビュー作。音楽性は、映画の1シーンのように可能性と広がりを持って、あらゆる方向に向かっている。ベースとなるのはあくまでもJAZZ。グラミー賞受賞のアレンジャー「ヴィンス・メンドーザ」が5曲でアレンジを担当。ヴィンスのカラーが色濃く出る中で、カルテットによる演奏に、当時のカイルの本音が聴こえてくる。
硫黄島からの手紙
「メイン・テーマ」
この映画を観たのは、国際線の飛行機の中だった。茶色がかったモノトーンによって描かれた壮絶な戦い。未来のない玉砕を描いた映画の中にあって、このメイン・テーマは、一番愚かしい人間の性をただ何もせずに傍観する自然と同化したかのように、静かに響く。主張しない、感傷的にならない、そこにあることすら感じさせない。映画と一体となった、テーマのペンの冴えが見事。今回のライブでも、カイルはピアノとのデュオでその無常観を再現して見せた。