ドイツの伊達男 ティル・ブレナー クリスマスナイトブルーノート 東京
クリスマス週間の22日日曜日、今年2月以来の来日となる、ドイツの人気トランペッター、ティル・ブレナーをブルーノートに聴きに行った。クリスマスディナーをかねたライブに、ゆえあって女性を15人もエスコートしての団体様でのライブ鑑賞。結果的には、同行した女性陣には大満足をいただけたディナーショーとなった。
ティル・ブレナーは、CDで聴く印象では、今一つはっきりとした輪郭がつかめていなかった。多用するミュートトランペットやフリューゲルホーンのサウンド、フレージング、ささやくようなヴォーカルなど、どれもがどこかつかみどころのない印象だった。それが、ある意味ごまかしのきかないライブではどうなるのか?はたして、クールに決めるのか、意外に熱い面を見せるのか。本日の目的の一番はそこだった。
二番目の目的としては、そもそもジャケットで見られるように、どんどんカッコよくなるルックスも本当にあんなにカッコイイのか、探ることもあった。最近の写真修整の技術の目覚ましい向上によるものではないのか。など、幾分やっかみ半分の意地悪な思いもあったのは事実だ。
ハーパーのソーダ割りや赤ワインなど2,3杯飲んだところで、ステージが始まった。サックスとリズム隊が板付きの状態であくまでも軽く演奏が始まる。この段階で、女性陣からはカッコイイの声が上がる。どうやら、こちらも負けずにイケメンなスウェーデンのサックス奏者マグナス・リンドグレンをティル・ブレナーと間違えたらしい。トランペットとテナーサックスの違いは、この際関係がないようだった。すぐに主役のティルが、紹介され登場、さらにため息と歓声が入りまじり、いよいよライブが始まった。
今回の来日での初ステージということもあり、PAとのバランスが最初は取れなくて、サックスのマグナスが演奏中に何回もモニターの返りを要求しているのが目につく。音の良いブルーノートには珍しく観客席に聴こえてくる音も、特設席まで作られた満員の状態に吸われてしまったのか、サウンドも若干おとなしめに聴こえた。この状態は3曲目ぐらいまで続いたが、それ以後はCDで聴かれるようなクリアなサウンドになった。
クリスマスのディナーナイトのためにクリスマスソングも随所に散りばめ、おしゃれに演奏したティルのバンドは、ドイツ人が2人にスウェーデン、オランダ、アメリカと国際色が豊かで、誕生から100年たったジャズがついにここまでワールドワイドな音楽になったと思わせるメンバーだった。それだけに、強烈な個性というよりも、万人に受け入れられるサウンド作りというものに注力しているように感じられる。
もちろんライブだけに期待した通り、サックスとのヴァースなどでサウンドが熱くなる場面もあるにはあったが、全体的にはクールな演奏に終始していた。音楽をどうやるかではなく、どのように聴こえるのかにフォーカスしており、ライブではさらにどう見えるのかも重視しているかのようだ。特に振り付けやダンスなどのショー的な要素はないものの、ステージでどのように見られているのかは、相当に考え抜いているのではないか、と思えた。ジャズそのものというのではなく、ジャズを感じさせる雰囲気やサウンドをサーヴしている印象だった。
そのスタイリッシュなステージングは、観客の特に女性陣のハートをつかむには十分すぎるほどだ。ティルが日本で初めて覚えた言葉として、「愛しているけど、結婚できない」というセリフを嫌みなく披露できるのも、椅子に座りながら歌う彼のささやくようなヴォーカルもすべては、観客がどのように感じ、どのような思いをするかを知り抜いた結果に見えた。
ティルのヴォーカルは、本業のヴォーカリストから見ると、声量は勿論、音程やフレージングもやや物足りなく、言ってみればそれほどインパクトがない。それでも、女性陣にかかると「味がある」となり、「私のほうを見て歌ってくれた」となり、「大満足」となってしまう。彼女たちの「クリスマスの良い思い出になりました」という感想がすべてを物語っている。
今回のティル・ブレナーライブで少し早いクリスマスの夜を、うっとりと過ごした女性が多かったのは、事実だった。そしてティル・ブレナーがしたたかな、ミュージシャンであることは間違いがない。
MIDNIGHT
「DON'T YOU WORRY 'BOUT A THING」
ここでのティル・ブレナーは本国ドイツを後にして本場アメリカへの武者修業的意味合いの演奏を繰り広げている。共演もサックスの大御所マイケル・ブレッカーをはじめとして猛者ぞろい。ドイツにこだわって、世界戦略は考えていなかった男がついにアメリカに照準を合わせたとも言えるテストマーケティング盤。ここで自信をつけ、ティルは大きく羽ばたく事になる。
Chattin with Chet
「Chattin with Chet」
ここでは、やはりこの「Chattin with Chet」に触れないわけにはいかない。このCDには、チェット・ベイカー本人の歌やサウンドがサンプリングされた断片として随所に使われており、賛否が分かれるところ。全編トリビュートアルバムとしてのリスペクトが感じられるところでぎりぎり好感を持って迎えられた演奏だが、禁断の両刃であることは間違いがない。チェットからの脱出がティルのカギになるとも思われる問題作であり代表作。